2017年1月7日土曜日

新年の訃報

年賀状の返信が 夫君から届いた。
「え?」
以前にもあった、こんなこと・・・とぎくっとする。

9月に妻は帰天しました・・・とある。
若いころに同じ高校で勤務していて、結婚を機に退職してからは年賀状だけのお付き合いだった。当時、彼女は「倫社」を教えていたと思う。
色の白い細い体で自分の考えをしっかり持っていて、物事に妥協しない人だった。
今以上に浮ついたお人好しでしかも自立度が低かった私は、時々彼女の非難の視線を感じてドキッとしていたものだ。

そんな私に去年の年明けくらいからだろうか、メールが届くようになった。
彼女のメールは、内容がとても真面目なものだった。
長らく会っていない人にどのくらい本音で応えていいのか、直接会って話し合うならともかく、メールだけでどうやって正確に考えを伝えたらいいのかと悩ましく、彼女が求めていたようなやり取りにはならなかったのではないかと思う。
8月の終わりを最後にメールは届かなくなった。
どうしたかな?と気になる日もあったが、自分も精神的にヤバくなっていた時期で、どうしていますかと問い合わせることもなかった。

どうして私にメールをだそうと思ってくれたんですか?
ちゃんと応えられないですみません。
なんていうときっと
「大した意味はありませんから。気にしないでください。」って頭を振り上げて言いそう・・・。

どうして亡くなったのかは書かれていなかったのでわからないけど、キリスト教に入信を決めた時から もしかしたらわかっていたのかもしれない。
キリスト教では帰天というのは神さまのところへ戻って行くってことだから、悲しいけど喜びもあることなんだよ、と最近誰かが言っていた。

能天気な私に命には限りがあることを教えて行ってくれたのかな・・・なんて感じるのはやっぱり能天気ですか?

2 件のコメント:

  1. 先生、こんばんは。どうも、全然勉強しない教え子です。

    驚いて思わずコメント書いてますが・・
    でも、私、どの先生かちょっと思い出せないのです。
    きっと教わったと思いますが、私はご存知のように
    まったく勉強しない生徒でしたので。

    ご冥福をお祈りいたします。あ、キリスト教ではそういうことは言わないのでしょうか。
    人の命に限りがあることは明白だけど、カウントダウンが生まれたときから始まっているとは
    考えていない自分もいて、いまだ他人事のようにそれをとらえています。
    私の中では必ず親が先に逝くものと信じているところが未だあります。
    一方では順番は年齢順ではないと、そんなこともわからないなんてと思う自分もいるのですが。

    こうして、時々、襟を正す時がありますが、能天気でいたいなぁと思います。
    だって、先生の教え子ですもの。

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    1. 違う学年団で(多分)1教科だけ教えておられたので、直接教わることはなかったんじゃないかな?と思います。お名前をここに書くのは控えますが、きっとu-miさんのお気持ちは天に届くと思います。
      私もあれ以来ついついいろんなことを考えてしまいます・・・。

      「いいんじゃないですか、能天気であろうとするのは。…頑張ってくださいね!」って彼女なら言ってくれそうです。

      u-miさんが勉強しない子だった記憶はないなあ。
      いつもきりっとしててしっかり考えてる感じがしてましたよ~。

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