2016年9月30日金曜日

同期会で道後温泉にお泊りしたよ②

#$%&##$%&!!」

おばたんとタメちゃんとオニシちゃんのケータイが一斉に鳴って仰天、目が覚めた。
「うう~眠いぃ~」
このままでは、タメちゃんは、寝てしまう。
心を鬼にして点灯。
「ぎゃあ、ま、まぶしいっ!鬼!」
十字架を突き付けられた吸血鬼かいな。

「行くんでしょ?外湯。」
「う・・・行・・・く。」
女子三人もそもそと起き出して湯籠をぶらさげて道後温泉本館へ。
「外湯へ行こう!」

「わあ、もう出てくる人がいるよ。」
一番安い神の湯は、410円。待ち時間なしで入れるが、2階でご休憩:お茶とお煎餅以上の高級コースは既に待ち時間が発生していた。すごいね。

神の湯は楕円の浴槽の真ん中に神様の像が立っていて四方にお湯が噴き出している。もう、けっこうな賑わいで外国人も多いが、みんなちゃんと温泉マナーにのっとって粛々と朝湯を楽しんでいる。
「ああ~いいお湯やねえ。」
「やっぱり、外湯来てよかったね。」
「ホテルのお湯、塩素臭が強かったよね。」
「ちょっと二階も見て行こうよ。」
「お金いるんちゃう?」
「見るだけ、見るだけ」
こっそり覗いていたら「3階の坊ちゃんの間は、どなたもご見学いただけます」という。
「わ~い!」
気持ちのいい風に吹かれて涼んで、外湯大満足でした。

朝食後はイネ君の旗のもと今日も市内観光です。
「伊佐爾波神社」
自然の石が並ぶ階段

「ちょっとすごい階段、ここ登らなあかんの?」
タメちゃんが悲鳴を上げるが、こんな階段、金毘羅さんの階段に比べたらひょいひょいだよ。
ちゃんと身を清めて
いさには(わ)神社とよむのかな
よくある温泉神社かと思っていたら、とても立派な御宮だった。

何でも現在の建物は、松山藩3代の松平定長さんが建てたらしい。定長は弓の名手として名高く、江戸城の競射大会に出ることになったんだって。で、神さまに「どうか見事的を射させてください。お礼に石清水八幡宮と同じお社を建てます。」とお願いしたそうな。
試合当日、神さまを念じてきりりと弓を引き絞った定長の前を 金色のハトが飛んだ。
「これぞ神のご指示!」と弓を放つ定長。矢は見事的を射ぬきやんやの喝采・・・
定長は約束のお宮を建てたのでした。
確かに石清水八幡宮によく似ているなあと思いました。
屋根は瓦葺と檜皮葺が組み合わさって、曲線がきれい

誰か修復してくださ~い!

大きな板に書かれたきれいな絵や算額という図形問題がいっぱい奉納されていたよ。

「石手寺」
ここは四国八十八か所の五十一番の札所。

四国巡礼は1番札所のある徳島から、高知、愛媛と回り香川で結願するんだ。おばたんのお母さんは、もう三巡したそうだ。でも、四国の高齢者はわりとそのくらいは回っているらしい。
この石手寺、不思議な雰囲気だ。
インドの建物やにか~っとインド風に笑ってる仏像にゾウさん、朝鮮半島風石仏、おびただしいまっかな帽子の小さな水子地蔵が立ち並んでいる。
荘厳・・でもないし、豪華絢爛でもないし、かといって質素、素朴でもない。なんかアジア的でざわざわしてちょっと妖しい雰囲気だ。

入口のお手水

石畳が続き・・・

その両側にはお店が並び
大きなワラジに無数に硬貨がねじ込まれている
大きく逆転と書いてある もらったパンフレットによるとここのテーマであるようだ























みんなとはぐれてしまったおばたん、本堂の横の祠でイネ君に出会った。
「ここ、パワースポットらしいで。行ってみぃへん?」
「ええ~なんか怖そう。」
「平気や平気や」
祠の後ろには底知れぬ闇の洞窟があった。
「まっくら~」

ところどころに灯りがあって、毛糸の帽子をかぶった小さなお地蔵さんがつながって細い通路を二分している。足下は何もみえない。
想定以上の気味悪さなので、イネ君のしっぽをつかみたいくらいだったが、いい年をしてそんなこともできないので必死で付いていった。
やっと外に出たと思ったらそこをUターンして戻るのだ。
しかも途中で枝道に入ったら、そこには両側に小さいお地蔵さんがびっしり
並んでいるならんでいる並んでいる・・・・
赤黒い光にてらされたどんづまりには大きな仏像が・・・?。

しゃがみこんでいたおばさんがいきなり太い声でお経をあげ始めた。
「おんあぼきゃべいろしゃのう、まかぼらまにはんどまじんばら~」
おばたんたちは、スタコラ外へ逃げ出したのであった。

「いや~。なかなかだったね。」
「う~~。こわかったわあ。」

外の光の中に出た時、ほんとにほっとした。
そして、なんだかスッキリしていたのである。
やっぱりここは、パワースポットだったのだろうか。

「湯築公園」
道後温泉に隣接した広い公園。
室町時代の武家屋敷の遺構と復元模型がある。
復元された小さな家の中で、武士とお坊さんの人形が句会を開いていた。
如何にも松山らしいね。
路面電車の道後温泉駅

道後温泉とお別れだ

観光が終わって電車に乗ったとたんに雨が降り出した。
こんなに雨の多い時期に同期会の間だけは降られなかったなんてちょっと奇跡?
エントリーしてたのに来られなかった二人が、お天気を祈ってくれてたのかもしれない。
松山市駅で解散。
みんなはそれぞれに帰途についた。

でもおばたんとタメちゃんは、今からしまなみ海道を渡って尾道へ行くんだよ~~。
雨だろうなあ・・・

2016年9月29日木曜日

同期会で道後温泉にお泊りしたよ①

愛媛に列車で行くのは初めて。
おばたんの実家(徳島県)からは、一旦多度津(香川県)に行って折り返すように瀬戸内海を左にたどって行く。
地図上は海際を走るのだが小高い山が挟まって容易に海は見えない。
やっと海が続いて見えたのは、松山市内に入ってからだったよ。台風の後もぐずぐずしていたお天気だが今日はよさげ。

松山駅
松山駅の改札

今治のゆるきゃらバリィさん


集合場所は大街道(おおかいどう)。
路面電車の駅でこのあたりが松山の中心街のようだね。
みんな、早くこないかな。
スタバで集合時間までお茶するすぽたん

松山城

天守閣がちょこっとあるだけなのかな?と思っていたら、立派な城郭だった。
穏やかな瀬戸内の気候のせいか屋根のカーブがなだらかで、上よりは横に広がりを感じる建物だ。吉宗の頃に一度落雷で焼失して再建。
ここの大天守は江戸時代最後の完全な城郭建築なんだって。当時の松山藩主は松平家。
完成は黒船来航の翌年だそうだ。せっかく作ったのに時代がすぐ、かわっちゃったんだね。
石垣がすごくきれいに組んであった

今日は青空です

行きはリフトで登った(ロープウエイもある)
天気がよくなった分蒸し暑いがお城の中はひんやりしている。
高台にあるので天守閣の上は涼風が通る。このお城には小天守もある(姫路城にも大天守・小天守があった)
天守からは市内一望 殿様気分だ

地上に降りてむかったのは
萬翠荘

ここは、大正時代の建物。
旧松山藩主の子孫でお洒落なお仏蘭西帰りの久松伯爵の別邸で、皇族方が訪れた際はお泊りして夜会が開かれたらしい。
「ほほ~ぉ♡」・・・『ハイカラさんが通る』を思い浮かべるおばたんである。
神戸北野のうろこの家を思わせる屋根は、三陸の雄勝石らしい。
そんなに大きくはないが建材にこだわりのある建物で「大理石の見本市や~」
窓にステンドグラス

本物の水晶のシャンデリア

愛媛県庁も趣のある建物だわ・・・と思っていたら設計者が木子七郎という、同じ人だった。
外から見た感じでは、まだ使っているようである。
ちょっとうれしい。

坂の上の雲ミュージアム
ここは、もちろんあの司馬遼太郎の「坂の上の雲」の作品世界を語るミュージアムである。
安藤忠雄の設計で三角柱をぐるぐる登って行くようになっていた。
NHKで阿部寛さんともっくんがかっこよく演じていた秋山兄弟の写真は、かっこよかった♡
そして正岡子規と香川さんもよく似ていた。
うまくキャスティングするもんだな~
ミュージアムの窓から萬翠荘が見える

道後温泉
路面電車に乗って道後温泉へ。
夕方の光の中の道後の駅前は、なんかこの世とあの世の境みたいな色。
ああ、これは何かに似ている・・・そっか。
『千と千尋の神隠し』ね。















われらの到着時間

愛媛と言えばミカンです

商店街より道後温泉本館を見る

本館前 たいそうなにぎわい「今日は入浴は無理かな」
日本人、外国人でにぎわう商店街を通って今日のお宿「道後館」へ入りました。

ご飯の後もう一度本館前まで行ってみたけど、やっぱりすごい人。
「明日早起きして来ようか・・・」ということになりました。



年に一度の同期会。
大学の吹奏楽部の同期の集まりなんだけど、今回はもともと参加者が少なめだったところへ
幹事さんが病に、女子1名が骨折に倒れ男女6人トリプルデート状態になってしまった。
お膳も6つで寂しい宴席。
みんなお酒も弱くなって、お腹も小さくなって、就寝も早くなってちょっと寂しかった。
もう大騒ぎも、論戦もないのかしら。







35年ぶり!?の再会

雨ばかり降って家にも心にもカビが生えそうですね
苔の間にキノコがにょきにょき

でも、おばたんにはキラキラのいいことがあったのよ。
学生時代4年間を同じ下宿で一緒に暮らした友達に 
なんと、35年ぶりに会うことができたの!
年賀状での報告が、
「幸せにやってますよ」「子供が生まれたよ」「受験だよ」「子供が結婚したよ」「孫が生まれたよ」・・・・と変わり、
行間の幸せ感は上下しながらも、まあ減少方向?に向かう中、「会いたいね」「いつか会おうね」と書き続けてきた・・・
それがついに実現したのだ!
だいたいおばたんの友達は関西圏にいるので、おばたんが大阪か京都で途中下車すれば実現はするはずなんだけど、なかなかお互いに余裕がなかったんだよね。

新幹線が京都駅にすべりこんだよ。
「見つけられるのかなあ・・・」
という心配は、待ち合わせ場所が視界に入ったとたんにふっとんだ。
「うっわぁ!同じ!・・・ま○ちゃんなんか髪型もおんなじやん!
み○○はちょっとふっくらしたけど顔同じ~!」
ま○ちゃんも向こうで大笑いしている。
「やだ!かあこ(と呼ばれていた)、なんで同じ歩き方!あっははは!」
(自分だって笑い方、一緒じゃないか)

私達の周りだけ1980年代だぁ。

美味しそうな秋のお弁当ランチが来ようが、おねえさんが料理の説明をしようが上の空で大さわぎ。
「三日月荘」の管理人のおばあちゃんが如何にケチでいじわるだったか、
「松本商店」のおでんには、得体のしれない肉が入っていたとか、
銭湯の前の店でパン耳を多量にもらって食べまくって太ったね・・・とか。

思い出話が一段落して別れてからのことを語る段になると、
全然変わってない・・・と思えた顔にはやはりしわが刻まれ、手にも首にもそれなりの年輪が刻まれていることに気付く。
学生時代ラブラブだった人と結婚してもやっぱり山あり、谷ありなのね・・・
夫が・・・
子供が・・・
仕事が・・・
姑が・・・
と、それぞれに大変だったんだ。
「でも、なんとか乗り越えて元気でいられてよかったねえ」

三日月荘というすすけた下宿屋で出会った時から、
親切で、元気で、恋愛先覚者?でなにかと頼りにしていた二人。
人生の荒波?をくぐっても二人のキラキラが色あせてなくてとてもうれしかった。
しゃべっているうちに予定の電車が行ってしまった。
「わあ、あかん。犬たちが待ってるから帰らないと。」
「じゃあね。また、会おうな。」

今日会えなかった二人も一緒にまた集まる機会をもとうね、と約束して別れたのでした。

おばたんは京都で泊ったので翌日は嵐山の法輪寺と仁和寺をちらちらっと回ってから台風と激突するべく四国へ向かいました

法輪寺
昨日は洪水警報が出ていた

法輪寺さんは十三参りで有名 渡月橋を渡るとき振り返ったらあかんのどす

せっかく授かった知恵が抜けてしまうんやて

こまいぬさん どう見ても牛さんに見えるなあ

翠嵐堂でわらびもち できたてでおいしいのでよく寄らしてもらいます

洪水警報のなごり 
仁和寺
嵐電に乗りました

仁和寺 御室仁和寺駅からすぐ見えます
力強い~

この樹だけ色づいてました

境内はじっとりと湿っていてそこここにキノコが生えていました。すぽたんは喜んでいたけど、おばたんは青空がほしかったな。

2016年9月13日火曜日

山口マオさんの個展に行ってきました

すぽたん、久しぶりだね。

先月の木版画のワークショップで案内状をもらった絵本作家の山口マオさんの展覧会に行ってきたよ。
ワークショップでも一緒だったシロクマ君たちと現地で待ち合わせ。

場所は谷中
・・・前に一度、妹おばたんと上野から歩いて日暮里まで行ったことがあったので、あんまり悩まずにたどり着くことができたよ。
谷中ってすごく高低差があって、お寺や古そうなお墓が多い、興味深い地域だねえ。


このあたりは猫が多いのかな?
ギャラリーの名前は「ギャラリー猫町」
石段々を登って行くと普通のおうちっぽい玄関。
よくみると化石埋め込み風・・・
頭に赤い実を載せた猫がお出迎え

「こんにちは~お邪魔しますよ~」
「・・・・・・」
「入りますよ~、いいですね~」
「・・・・・」
ネコ型のスリッパが並んでいるので入っちゃってもいいんだろうな・・・。

1Fには絵本や売り物のカード、カレンダー、などなどグッズが並んでいるが依然として誰も出てこない。
もう一人お客が現れたのをしおに二階へあがってみる。
オーナーとマオさんが
「やあやあ、いらっしゃい」
とってもフレンドリーにお出迎えしてくれた。

壁の展示を見ないうちにいろいろ話しかけてくれるマオさん。
「絵本やってるんなら、いいものみせてあげよう」
と進行中の絵本のラフや原画を見せてくれたんだ。
とってもいろいろ参考になったんだよ~
展示では、ネコが瓜を持ち上げている絵が好きだったな。
買った絵本にサインももらって周辺探検に出かけたよ。

農学部 ハチ公が先生と出会った銅像
ハチ、よかったね!ちょっとうるっとするおばたんだった



谷中銀座は、日本人外国人で大賑わい。
根津神社から東大に回ってきたよ。

東大って広かったよ~。根津神社と言い、東大といいやたらイチョウが多くて、季節柄かなり微妙な香りが漂っていたよ。
根津神社本殿 






2016年9月1日木曜日

台風一過の横浜へ

彷徨台風が行ってしまった31日。
横浜へメアリーカサット展を見に行きました。
おりしも妹の誕生日。
歩くとピュッピュッと音のするじょんじょを履いてお姉さまを追っかけてきていたのは、もう半世紀も昔のことなのね~。
元は、横浜市民だったんだけど、横浜美術館のあたりもすっかり変わっていて海の方向もわからない。
お姉さまが妹さまの後を付いていく今日この頃だぜ。

妹が見つけてくれてたイタリアンレストランでランチ。
彼女は、どこがおいしい、とかどこのお店には行くべき・・・とかなかなか詳しいのだ。
「このあいだ帰省したらな、イスバに大阪でイタリアンの修業をした息子ちゃんが帰って来とってな、それがイケメンでな、お料理も上手なんでよ。昼はお父さんが取り仕切って今まで通りの感じなんじゃけんど、夜は!
え~~!!こんなところにこんな??って感じなんでよ。ここらにあっても全然いけるような店なんでよ~」
「ええ~?続くんかなあ。」
「今はすごくはりきっとるわ・・」
「へえ~ほな、お兄さんががっかりしておらんようにならんうちに、今度帰省したら行かないかんな。」
「ほら、はよ行きで~」
うちのテーブルの上は四国・・・。

「イスバ」というのは、どんなお店もすぐにつぶれる・・という過疎の呪いがかかった故郷のお店の中で、唯一「あそこははやっとる」といわれるレストランなのである。
妹とその友達グループは、今でも帰省するとそこに集まってワイワイやっているらしい。
すっかり満腹してお散歩
美術館の前の道 こかげでお昼寝している人も

日本丸と大観覧車

赤レンガ倉庫の向こうに 寄港中のダイヤモンドプリンセス号
デッカイお姫様だ~~
大桟橋がすっかり占領されるくらい

ブラブラしながらお互いの家族構成の中で多数を占めるほにゃらら型血液を持つ家族の横暴を嘆き、血縁がないのに性格が似ている「自己評価高過ぎだろう家族」の言動を摺合せし、また頑張ろうね~と言ってお別れしたのだった。


帰ってニュースを見たら岩手と北海道が台風のせいでひどいことになっていた。
岩泉町はこの間友達と行った旅行で一泊した町だ。
氾濫したのは、あのバス道の横をくねくねしていたきれいな水の流れる渓流なの?
この間の所沢の集中豪雨の時も、いつもは春の小川のような「東川」が氾濫した。
もっと知らないもの、怖いものに向かうように自然と接しないといけないのかなぁ。

今頃どこをとんでいるのかな

8月の9日に学生時代の友達が亡くなった。 もう7年くらい病気と闘っていた。 遠くに住んでいたのでこの間で会ったのは1回だけだったけど、いつもメールをくれていて「私の代わりに元気であちこち行ってアップしてね。」とブログの更新を楽しみにしていてくれた。 ここ1,2年私も疲れるこ...