2016年6月29日水曜日

三陸へ行ってきました②



二日目
昨日の最後の文に続きます。
ウレイラ山は濃い霧がわき出る山。
石灰岩でできた山に霧がわき、雨がそそいで長い年月の間に大きな穴ができました。
これが「龍泉洞」なんだよ。

おばたんは、高知の龍河洞には小学校の修学旅行で、
山口の秋芳洞には中学の修学旅行でいったそうだ。

「わはは、これで日本3大鍾乳洞制覇だ」といばっている。

龍河洞は鍾乳石や石筍が多くてちょっと美術っぽい。
それに比べるとここは、地味で暗い洞窟という感じだが、地底湖がすごい。
水の透明度は世界一で、深い深いドラゴンブルーに輝く。
お水もおいしいよ~


洞窟の外は梅雨晴れ!















この後、また海岸へ出る。
「田老」
このあたりからおばたんもボクも、心が痛む地名に次々と出会うことになるよ。
三陸海岸という名前は陸奥、陸中、陸前の三つを合わせたものだけど、あの津波で一番被害が大きかったのは陸中から陸前にかけての、一番デコボコの多い海岸線を持つ地域だった。
一番美しい海岸は、一番恐ろしい海岸でもあるんだね。

ここが「浄土ヶ浜」だよ~
透明な水がキラキラ光る。松は南部アカマツ、岩は白亜紀の火山岩で石英粗面岩という岩と聞いたが。



海水浴もできるみたい
仲良く並んで出番待つスワンたち

龍泉洞と浄土ヶ浜はセットで旅情サスペンスの舞台にもなる。
つい最近もおばたんが沢口靖子の鉄道捜査官シリーズ(再)で見ているのを目撃したよ。
このあたりは景観を守るため自然のままだけど観光地じゃない浜辺は・・・こんなふうに


高いの低いの・・・壊れた防波堤だらけ。
「宮古市」
「山田町」
「大槌町」
「釜石市」
「大船渡市」
「陸前高田市」
「気仙沼市」
「南三陸町」・・・とバスは走って行ったよ。
大船渡市三陸町付近

陸前高田 海から山の方を望む

津波の遺構。画面左寄りの三角は道の駅。真ん中に奇跡の一本松。その右も残った建物(車窓からなので見にくいけど)

新しい水門

生徒たちはみんな高台に避難して助かった中学校の校舎

バス停の向こうに堤防の残骸が残る

みんな なくなってしまった

TVで目にしてた被災地の瓦礫は、すっかり片付けられ、まるでピラミッドの建設中のように黄色っぽい高い盛り土が出現している。
かさ上げされた復興道路を走らせてもらうが行き交うのは、ほとんどダンプなんかの大型車両。
新しく立て直された建物の上の方に「津波到達点」のしるしがある。
バスのずう~と上の方だ。
「この道を走るのはほんとに胸が痛い。だってこの道の土の下には私の知っている家やお店があったんですよ。」とガイドさん。
「このあたりが街の中心部だったんですよ!」
「ここにお店があったんですよ」
でも。
つい近所にあった1軒の建物でも、壊されて整地されると元がなんだったのか思い出せないものだ。この黄色い、何もない空間にあった家や人、生活のことを想像するのは結構難しい。
ほんとに何ももないんだもの。
人的被害がなかった建物だ、ということで残されたわずかな「津波遺構」がぽつんぽつんと残っている。人が亡くなった建物は残せないんだって。
見ると辛い人がいるからだって。
ぼくも、「遺構」はいらないものだと、見るまでは思っていた。
でも、人は、想像力貧困で忘れやすいものだから「遺構」にも意味があるという気がしている。

根元が50メートル、高さが14メートル?の大防波堤のそばで地元の自称「中高年のアイドル」観光協会の人が語っていた。
「ここの津波15メートル越えだったんですよ。なんでわざわざ造るのに14メートルなんですかねえ。」
「津波は急に来ません。地震があって、しばらくしてから来るんです。
津波の前には、海がすごい勢いで沖へ引く。海辺に住んでるものはその引き方を見てどのくらいの津波が来るかがわかるんですわ。
こんなもんで海を見えなくしてどうするんですか。却って逃げ遅れる。
コンクリートの寿命なんて高々60年ぐらいですよ。
高さも強度も中途半端で、ゼネコンが懐をあっためるだけじゃないですかねえ。」

気仙沼市で働いているおばたんのお友達は
「オリンピックでゼネコンの作業員が引き揚げてしまって復興が後回しにされていくのがつらい」といっていた。

現場で働く公務員や作業員はそれぞれの持ち場で一生懸命にやっているのに、そこで暮らす人の声は生かされてなくて、お金や国のイベントの都合でどうこうなるってどうなの???
次から次へと災害が起きるから、みんな次々に忘れていく。
報道がまばらになっていくと「もう終わったのかな」という気になるけど、まだまだこれからなんだよ。



お泊りは「南三陸町」で唯一残ったというホテル。
全室オーシャンビューというすてきなホテルで、美味しく飲食&温泉。

アワビステーキ♡














「これでいいのかなあ」とすまない気持ちになる。
ご飯の時に話しかけてきたホテルのお兄さんのアクセントが関西だったので
「どこですか?」
と聞いたら
「僕、大阪です」と言う。
「高3の時神戸の震災で父親とボランティアに行ったんで
3.11の後も会社休んでボランティアに来てたんですけど、結局会社辞めてこっちに就職しました。」
すごい行動力だなあ。
「いえいえ。
みなさん、何もできなくて・・・っておっしゃるけど、来てくれるだけですごい支援になります。
今、してくださる支援としては東北に来てくださることです。」とホテルマン氏は言うのだった。
ウミネコのサム ホテルの窓に遊びに来た人語を解する??


③・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

三日目は「松島」
古来有名な景勝地。
湾内のたくさんの島のおかげで津波の威力も軽減されたそうで、海際も昔に変わらずにぎやかだった。
過去2回来たことがあるが、初めて遊覧船に乗った。
若い時は遊覧船には乗りたくなかったよ~。これに乗ってみるか、って思うってのが年とったってことだよね~。と思うおばたん。
瑞巌寺は修復中でちょっとゴタゴタしていたが本堂の障壁画が鮮やかになっていた。
松島の牡蠣でっか~い いっしょに行ったおばたんたちが関東の人なのに牡蠣は広島でしょって言ったので
ちょっとびっくり。
この写真はTさんのベストショット



穴が4つ空いた島 


仙台駅までのバス道の両側に広がる青々とした耕地。

地震の後の津波の第一報でみたのが波に飲み込まれていく ここの映像だった。
こんなに手をかけて大事にされているものが、こんなに簡単に壊されていくのかと茫然とした。
「また、青々とした耕地に戻せてよかった」
バスは、20数年前に住んでいたところのすぐそばを通って仙台駅についたよ。

ふ~
疲れた~
長々としたものになってしまったけど、おばたんとボクが見てきた三陸です。

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