2015年7月28日火曜日

すぽたん、夏のほっかいどーを行く④夕張から美瑛へ

おばたんは、昔からラベンダーが好きだ。
おじちゃんがほっかいどーに住むことになったときに、
真っ先に考えたのは「おっ、夏は富良野だね!」ということだった。

「途中の道で夕張メロンを手に入れよう」
またまた、おばたん発言で「夕張経由」を選択した一行、
この日のメインが「夕張」になってしまうとは、想像していなかった。

「夕張」はアイヌ語の「ユーパロ」からきた名前。
山間に温室群、やがて見えてきた町並み・・・・は、ほとんどシャッター。
「お店、お店・・・」探しているうちに、夕張駅前に来ていた。
夕張駅の時刻表

夕張駅舎 観光案内所兼
メロンと怖い顔をした熊が合体した、きつそうな「ゆるきゃら」がメロンを売っている。これが「夕張メロン熊」さんであるらしい。カオ、相当怖い。さすがヒグマ!

「石炭博物館」
石炭層が崖の表面に突出しているんだ
夕張炭鉱は明治21年にこの大露頭の炭層が発見されたことから始まったんだって。
「黒いダイヤ」ともてはやされた最盛期を経て、傾く石炭産業。
おばたんのたよりない記憶に残る「北炭の炭鉱ガス爆発事故」というのが1981年、閉山が翌年。
このあたり全体の炭鉱が閉じてしまったのが90年。
夕張メロンは特産として残ったけれど夕張市は2007年に財政破たん。
博物館には、石炭の由来やそこで働く人々の生活を写した大きな写真、当時の機械、化石や種々の石炭の展示がある。
なんか、栄枯盛衰・諸行無常とはいいながら、ずんずんと寂しい悲しい気持ちに沈みながら回る。
採炭救国抗夫の像 戦時期に軍需産業奨励のために作られた。材料がなくてセメントで作った

人形たちが動く「坑道展示」、坑道の中に大型機械も入っていて見ごたえがあった。
「まっくら探検」というコーナーでは、模擬坑道の中にキャップランプを装着して入っていく。真っ暗闇ではないものの、いろいろと怖いことも想像するのでぼくもおばたんも一人では行けない。

この施設も経営母体がいろいろ変りながら維持されているようだ。
ラベンダーだのメロンだのと明るい部分だけに浮かれていたおばたん、ちょっと行動に陰影がさしたようだよ。

その後、「幾春別炭鉱」の跡のそばも通りかかった。
「幾春別駅」の跡。1987年に廃駅になったんだって。
幾春別駅舎 古くは郁春別 
往時の写真 なんか泣ける・・・
現在はバスの停留所になっている。
「この表示のちょっと後ろに線路があったんですよ」
休憩していた、バスの運転手さんが言っていたよ。

















途中でキタキツネに出会って道を間違えたり(化かされた?)して、結局メロンも買い損ね、本来の目的地富良野に着いたのは、あらまあ、夕方の5時頃だった。

北海道のお店も施設も閉まるのが早い。
ほとんど駆け込みで「ファーム富田」、そして美瑛の「四季彩の丘」へ・・・






おばたんは、富良野の風景をプロバンス(テレビで見た)のように、一面にラベンダーの丘が連なっている…という風に想像していたが、そうではなかった。
「う~ん」ここは、ちょっと写真のマジックに惑わされてたかも。
わりと普通の農村風景の中に、特に栽培している畑がいくつかあるよ、って感じ。

美瑛 四季彩の丘 6時閉園 ホタルノヒカリの流れる中を・・・
ラベンダーはないけどひろびろと農地が連なる丘、ってイメージは美瑛の方だったな。




でも、富良野のラベンダーは、やっぱり紫が濃くて美しかった。
ここから来た子が、埼玉の暑さに負けて枯れてしまったのは本当にかわいそうだった。

やっぱり、自分に合ったところで咲くのが一番だよね。
日も暮れかかってきました。
廃坑とか廃駅とか・・・、
時代に捨てられてしまったものに心痛んだおばたんとぼくとコウロン君を乗せて、
おじちゃんと与作号は夕日の丘を越えていきましたとさ。

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