2017年2月12日日曜日

関学応援団総部 創部70周年記念東京公演

という長い名前の催しに霞が関まで行ってきました。
「応援団総部」ってなによ?って思うよね。
遠い話になるけどおばたんが通った大学では部活動が大きく文化系・体育会系・応援団と3つに分かれていてそれぞれが○○総部と呼ばれてたんですね。で、おばたんが所属した吹奏楽部は、当然、「文化総部吹奏楽部」だと思っていたところが、「応援団総部」だったのです。
「団室」という部屋には大きな木の板に「応援団総部」と墨書され、裏に龍の刺繍がある長ランを着て髪をオールバックにしたリーダー部の人が「押忍!」と言って出入りする部屋でクラリネットはパー練をしておりました。
音階練習とリードミスの音、「さんさんななびょうし~!」という野太い声の響くバルコニーでは2~3人しかいない「バトントワリング部」が技の練習をしていましたっけ。
当時は違和感ありまくりで「演奏会中心でやってたらいいのに~」とかずっと思っていたんだけど・・・

昨日、ほんとに久しぶりに…おそらくは卒業以来はじめて「応援」という形の演奏と演技を見て「すご~い♡」と感動したのです。
それぞれ個々が自分の技を磨くだけではだめで、3つなら3つが一緒になった練習っていうのも深めていかないとそれは完成しないんだな、そして当時はそれがあんまりできてなかったのではないかな、と思いました。
今の学生ちゃんは私達よりうんと協調性が高くて、自分も大事にするけど他人が大事にしているものを尊重する能力が高いんじゃないかと思う。

しっかし、リベラルな学校だったのにここだけ化石のようなところだったよな。
当時「金管に女はいらん!邪魔だ!」だった吹奏楽部は、金管も木管もパーカスもほとんど女子だし、バトン部はチアリーダー部と名前も中身も変わってたくさんの女の子が華麗な演技を見せてくれるし、「漢」の殿堂・指導部には凛々しく学ランを着こなした女子学生が3人もいるではないか・・・!!!
隔世の感ってこれねぇ・・・でもこの方がよっぽど関学らしいわ~

雪で事故も多発の昨日の高速道路は交通渋滞で大変だったはず。
ここだけはかわらず?バスで遠距離をやって来てくれた学生ちゃんたちは、はじめはちょっと疲れているようだったのが徐々に元気になって会場のみんなを応援しながら、自分たちもますます元気になっていったのでした。
「指揮は3回生○○です」という関西風の学年の数え方も懐かしかった。関東は高校生と同じく「3年○○です」だもんね。この数え方ってどこに変わり目があるのかな?名古屋ではどうなんだろう?

先輩たち、しゃべったことのなかった指導部の後輩ともおしゃべりできたし、楽しかったな~!昔の歌を歌って若返る高齢者の気持ちがわかるなぁ。
「おれ、わかる?」って聞かれてわからなかったM先輩、なんでわからへんかったかわかりました!当時はめっちゃ怖かったんやもん。昨日みたいににこにこしたお顔見たことなかったもん。イケメンぶりは全然変わってへんかったけど~♡

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